反ESGが問い直す、サステナビリティの本質──日本企業は何をすべきか?

目次

1.はじめに
2.反ESG現象の実態~トランプ現象だけではない、その実像
3.反ESGが日本企業に突きつけること
4.おわりに


1.はじめに

「反ESG」は、日本企業にとってサステナビリティの再定義を迫る契機

環境・社会・ガバナンス(ESG)やサステナビリティは、いまや多くの日本企業にとって所与の経営課題となっています。しかし近年、こうした潮流に対する「反ESG」とも言える動きが、世界各地で広がりを見せています。特に2024年の米大統領選挙におけるトランプ再登場の影響もあり、反ESGの声はより顕在化しつつあります。

これを単なる一過性の政治的動きと見なすことも可能ですが、その背後には地政学・エネルギー・安全保障、そして社会構造の変容といった、より深層的な課題が存在しています。日本企業にとっても、この動きを正面から捉え、自社のサステナビリティ戦略を根本から見直す契機とすべきです。

本稿では、反ESG現象の実像を3つの視点から整理し、その上で日本企業が今後とるべき現実的かつ本質的なサステナビリティ戦略の方向性を考察します。なお、本文における意見は筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りします。


2.反ESG現象の実態 ~トランプ現象だけではない、その実像

反ESGの動きは、単なる政治的スローガンや一時的なムーブメントではありません。資本市場やエネルギー政策を含め、複数の要因が複雑に絡み合った構造的な現象として拡大しています。以下、3つの側面からその実態を整理します。

(1)政治・社会運動としての「反ESG」

反ESGの象徴的な表れとして、近年特に米国で拡大している「反DEI(多様性・公平性・包括性)」の動きがあります。トランプ政権下では、連邦機関のDEIプログラムが廃止され、企業や大学にも圧力が加えられました。その結果、S&P500企業のうち約90%が年次報告書からDEIに関する記述を削除するなど、企業行動にも明確な影響を及ぼしています。

一方、欧州においても環境規制強化に対する反発が広がり、農業従事者や中小企業による抗議運動が活発化。難民受け入れなど人権政策への反感もあり、極右政党の躍進を後押しする構造が形成されています。

こうした現象の背景には、「サステナビリティによって取り残された人々」の存在が指摘されています。すなわち、政策の恩恵を受けられなかった層が、ESG推進を「エリート主導の理想論」と捉え、揶揄的に“Woke(意識高い系)”と呼ぶなどして強い反発を示しているのです。サステナビリティの推進が社会的分断を拡大させているという逆説的状況に、各国は直面しています。

(2)資本市場の反応とリターンへの懐疑

資本市場でもESG投資のリターンに対する懐疑が広がっています。特に近年のエネルギー価格高騰を受け、化石燃料関連企業の業績が好調な一方、これらを除外するESGファンドはパフォーマンスで劣後しました。2024年には米国のサステナブルファンドから196億ドルが流出し、前年(133億ドル)からさらに増加。これはモーニングスターが追跡を開始して以来、最大の流出額です。

資産運用会社による対応も顕著です。2025年初頭にはブラックロックがネット・ゼロ・アセット・マネージャーズ・イニシアティブ(NZAM)から脱退。また、2024年の米株主総会におけるESG提案への支持率も23%と、前年の26%を下回っています。

このような状況は、ESG投資における透明性、説明責任、そして政治的中立性への信頼が揺らいでいる証左といえるでしょう。

(3)エネルギー政策と現実的転換

ロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー安全保障の重要性が再認識され、欧州ではESG政策の現実的見直しが進んでいます。天然ガスの供給急減により、電力・ガス価格が高騰し、エネルギー多消費型産業では生産停止や工場閉鎖が相次ぎました。

このような状況を受け、EUは2022年に「タクソノミー(持続可能な経済活動の分類)」において、天然ガスおよび原子力発電を条件付きで「持続可能な投資対象」と位置づけ、エネルギーミックスの柔軟性を確保する方向へと政策転換しています。


3.反ESGが日本企業に突きつけること

上記の動向を踏まえると、日本企業にとっては、今こそ形式的なサステナビリティ対応から脱却し、本質的な競争力・価値創出と結びつける戦略への転換が求められます。以下、3つの観点から今後の方向性を整理します。

(1)開示一辺倒からの脱却──「稼ぐ力」への結びつけ

日本企業はESG開示規制や評価機関への対応には比較的積極的ですが、それが企業価値(特にPBR)向上に直結していない例も多く見られます。たとえば、CDPのAリストやDJSI Worldに多数の企業が選定されている一方、PBRが1倍未満の企業も少なくありません。

これは、サステナビリティ施策が企業の「稼ぐ力」に十分結びついていないことを意味しています。ESGが外部評価のための“手段化”してしまっている限り、真の持続的成長にはつながりません。

日本企業はGX(グリーントランスフォーメーション)を含め、サステナビリティを新たな市場・事業機会として再定義し、「いかに稼ぐか」「どう差別化するか」という本質的な競争戦略の中核に据える必要があります。

(2)サステナビリティを競争戦略として組み込む

日本企業が取り組むべき次のステージは、サステナビリティを「コスト対応」から「競争優位」へと昇華させることです。その鍵となるのは以下の3点です。

i.国際的ルール形成への関与
欧州主導のCSRDやTCFD等に対し、単なる「適応者」として振る舞うのではなく、技術基準や透明性基準を提案・発信し、「ルールメーカー」としての地位を築くことが重要です。

ii.中国との競争と共存
中国はEVや再生可能エネルギー分野で圧倒的な規模と成長を誇っています。この市場でいかに差別化し、あるいはサプライチェーンに組み込まれるかは、日本企業にとって死活的な課題です。

iii.技術とデジタルの融合
脱炭素、水素、CCUS、次世代電池などの分野で日本企業は依然として高い技術力を持っています。これらを事業化・市場実装するためには、デジタル、データ、そしてファイナンスとの統合的戦略が不可欠です。

(3)「普遍的価値観」との向き合い方

人権、法の支配、透明性などの「普遍的価値観」は、サステナビリティの前提として国際的に共有されてきました。しかし一部の国々、特にグローバルサウスや中国からは、「欧米の価値観の押し付け」との批判も根強くあります。

日本企業はこうした価値観を無条件に受け入れるのではなく、自社の理念や行動規範と照らし合わせながら、主体的に再構築する必要があります。他者依存の“外発的価値観”ではなく、自らの判断基準に基づいた“内発的価値観”をいかに磨き、説明し、実行するかが問われています。


4.おわりに

反ESGの広がりは、サステナビリティをめぐる“空気”の変化として捉えることもできます。しかしその本質は、従来の理想論的アプローチや形式的対応に対する「問い直し」であり、むしろサステナビリティの「深化」へのきっかけとも言えるでしょう。

日本企業は今こそ、サステナビリティを競争戦略の核に据え、技術・市場・価値観を一体として再設計する覚悟が求められています。反ESGという逆風をチャンスに変え、より本質的な成長の道筋を切り拓けるか――その成否が、次の10年の企業価値を決することになるでしょう。

引用元記事:https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2025/05/esg-backlash-01.html